私の似顔絵
(辛亥新春、昭和58年に
描いてもらいました。)
会長コラムへようこそ。

今年も、暑い夏を迎えた。
衆議院、解散。8月はまるまる1ヶ月、選挙に明け暮れる。
冷静に、自民、民主のマニフェストを比較しながら、ふと、日本の歴史の中で、最初に財政、税制、公共投資に取り組んだ仁徳天皇の時代が思い浮かんだ。
 
第16代仁徳天皇に因んで「國家百年之計」を
(一)「民の竃(かまど)は賑わいにけり」
 「ニントク天皇・・・のこと知っている?」と若い人に尋ねると、サアーと怪訝な顔をする。
 「あの大きな前方後円の古墳の・・・・・・」と言うと、
 「あっ、そうだ」と大きく肯いてくれる。
 戦後、戦中の教育を受けた方なら、修身の教科書にあった、
 「民の竃は賑わいにけり」に思い至られることだろう。
 
 古事記、日本書紀(記紀)によれば、第16代仁徳天皇4年(西暦4世紀)に、
 「天皇は高い山に登り、四方の国を見渡して、『國中に烟(けむり)立たず、國、みな貧窮す、故に、今から三年間は、人民の課・役(税金、労務)を除(ゆる)せ』との詔を出された」。
 
 一方、天皇自らは、宮中でも質素、倹約を宗とし、衣類の新調を禁じ、粗食に甘んじ、宮殿は補修せず荒れ放題、雨漏りにも耐え忍び、屋根は破れ、星の光が望めたという。
 その後、天候も穏やかになり、五穀豊穣、「民の竃」の炊煙も賑やかになってきた。
 諸国の人民は、課役の免除も3年を経過したので徴税を再開し、宮殿を補修しようとしたが、天皇はこれに応ぜず、さらに3年の後、はじめて納税を許したという。このため老若男女を問わず、昼夜をわかたず力を尽くしたので、幾何(いくばく)も経ずして、宮室は整った。
 古事記、日本書紀には、仁徳天皇を聖帝(ひじりのみかど)として礼賛する。そのまま信じがたい面もあり、記紀制定の当時「仁」を最高の徳とする儒教的徳治主義の思想による潤色が加えられているとの説が多い。
 さらに、この3年間の免税のほかに、大型の公共投資を行ったと記紀は伝える。
(二)「池堤の構築」
 日本書紀は、仁徳天皇11年、群臣に詔し、
 「この國を眺めると、土地は広いが、田圃は少ない。河水は氾濫し、長雨にあうと潮流は陸に上がり、村人は船に頼り、道は泥に埋まる。・・・(これを防ぐため)溢れた水は海に通じさせ、逆流を防いで田や家を浸さないようにせよ」と言われた。
 
 現代風に言えば、奈良盆地を出て、新しく、大阪平野の治水、灌漑用水路の土木工事等の公共投資を行った、ということだろう。日本書紀からその実績を抜き書する。
 
 和珥(ワニ)池(奈良市池田町)、横野堤(大阪市生野区)、依網(ヨサミ)池などの貯水池を作ったり、あるいは南の水(大和川)を引いて西の海(大阪湾)に注ぐように導き、北の河(淀川)の浸水を防ぐため、茨田(まんだ)の堤を築いた。・・・等々。その土木工事は、壮大なスケールのものだったと思われる。
 
 日本の歴史では、応神・仁徳王朝(3~4世紀)は、神話から“歴史”へ移る、古代国家としての組織が整った時期とされ、経済的には、南朝鮮との交易により、鉄器が使われ、武器のほかに、農工具が普及し、画期的な“技術革新”により、農業・土木が飛躍的に発展し、本格的な“農業”へと広がっていく。
 その力は、日本一の偉容を誇る「仁徳天皇陵」に象徴されている。その規模たるや、秦の始皇帝の墓にも匹敵する大きさ、大阪湾を望む堺市の高台にあり、三重の濠がめぐらせてあり、長さ480m、高さ35mに達している。
 「日本の歴史第1巻」(中央公論社)
P383より引用 P383より引用
 この大墳丘の土量は、1立方メートルの土を1人1日25m運べるとすると、延べ1,406千人の労働力が必要で、1日1,000人使っても4ヶ年の歳月が必要と試算されている。
 今を去る1,700年前に、このような大事業を完成するとは驚くべき力と技術である。
(三)「100年に一度に、國家、百年之計を」
 このような仁徳天皇の業績を今風に解釈すれば、こうなるだろう。
 「はじめに、大型減税あり、と同時に小さな政府となって緊縮財政(宮殿の出費減)に努め、民間の活力を期待しつつ、大型の公共投資により、農工業は伸長し、国の経済は景気向上、高度成長を遂げる」と。
 これは私たちが、日本の歴史から学ぶ最初の財政問題、景気対策だろう。
 
 この時代、応神(15代)、仁徳(16代)、履中(17代)天皇の時代は、古代における最初の統一王朝で、河内王朝と呼ばれている。朝鮮半島との外交交易も活発になり、当時の中国は「宋」の時代、その当時の史料には倭の五王として、外交があったことが残っており、日本の国力が急速に伸長した時代であった。
 爾来、1,700年余の歳月が流れている。
 
 現在の日本は100年に一度の危機に遭遇している。仁徳天皇の時代と比ぶべくもないが、私どもは冷静かつ緻密な計画、大胆な施策、そして国民の総力を傾けて、社会不安を克服し、明るい、豊かな国づくりをしなければならない秋(とき)である。自民、民主両党の政権公約(マニフェスト)が出揃ったものの、いずれも眼の前の政策にかたより、「國家百年之計」の気概が伝わってこない。しかし、今回の総選挙は、日本の将来を決める重大な意味をもつものであることは確かである。
参考文献
 鑑賞日本古典文学 第1巻 古事記  上田正昭、井手至 編  角川書店
 鑑賞日本古典文学 第2巻 日本書紀 風土記
               直木孝次郎、西宮一民、岡田精司 編  角川書店
 古事記 上中下  次田真幸 著  講談社学術文庫
 日本書紀 上下 宇治谷孟 著  講談社学術文庫
 日本の歴史 第1巻 神話から歴史へ  井上光貞 著  中央公論社
 日本の歴史 第2巻 大王の世紀  上田正昭 著  小学館
 歴代天皇総覧  笠原英彦 著  中公新書