私の似顔絵
(辛亥新春、昭和58年に
描いてもらいました。)
 でんじろうコラムへようこそ。

 あけましておめでとうございます。
本年も“でんじろうコラム”、よろしくお願いいたします。
 
“羊”の年に想う
     
一、羊は人間にとって大切なもの
 12月、1月と寒さが加わる。
 妻は衣替えをしながら、「やっぱり、純毛は暖かいわね」とつぶやいている。
 農家の人が副業としてか、羊を飼っておられたが、戦後になってからは全く羊を見ることはなくなった。
 しかし、われわれの衣類には絶対かかせないものである。古来、中国では犠牲(いけにえ)としていたのは、牛と羊であった。なおかつ食糧でもあり、身近な動物として貴重な存在であったようだ。
 「羊」という字はあきらかに、羊を正面から見た角と顔と足の「」、象形文字である。羊は大切なものなので、漢字として発展する。
二、大きな羊は美しい
○「美」=羊+大・・・大きな羊は美、美しいという字になる。
  現今の女性の皆様、健康で立派なのが美人ですよ。
○「義」=羊+我・・・羊はよい、正しい、我、自らを加え、人のふみ行うべき正しい道、ひいては仁義、忠義の意味へと進んでいく。
○「善」=いけにえと二人の言葉。神様の前では嘘を言わないので、「よい」という意味になる等に、善意のある漢字へと広がっている。
三、譬喩として使われている羊
 一方、象形文字で理解しやすく、よく人が使うようになると、いろいろ譬喩的に用いられる。
  例えば、羊の腸はくねくねと長いから、箱根八里の歌詞にでてくる。古い小学唱歌であるが、
 「箱根山は天下の嶮、、、万丈の山千仞の谷、、、昼猶闇(くら)き杉の並木、羊腸の小徑(道)は苔滑らか、、、」と。
 また、いささか悪意をもって
 「羊頭を掲げて狗肉を売る」
 看板だけは立派だが、内容は伴っていないこと。現在なら、明らかに表示違反で厳罰というところ。
 また、羊のついた字で、現在のわれわれがよく発音はするが、なかなか使わない漢字として、食品の「羊羹」がある。美味しいヨーカンですが、、、羊にはすぐ気が付きますが、すぐにカンの字を書けと言われるとためらいますよね。
四、中国の故事に学ぶ
 もう少しまじめな話として、中国故事を紹介します。
 その一つは老子の説話から、
 むかし、A、Bの2人がおり、2人とも羊を飼って生計を立てていた。ところが、2人とも同時に羊を失ってしまいます。何故、羊を失ったかというと、
 Aは、書物を読んで勉強に夢中になっていたからである。
 一方Bは博奕を打っているうちに羊が逃げてしまった、という。
 この例をひいて結局は同じ誤りだということを「其の羊を亡うは均し」と諭したというのは、悟りきった老子の教え。
 また、羊飼いが夕暮れに羊を柵に入れるとき、いつも一番遅れている羊を鞭打っていた。老子は人間の養生の道もやっぱり、一番ないがしろにしている点に留意して鞭打つことがよい、と現在でも通用するような教えである。
五、多岐亡羊
 中国の長い歴史の中で、多くの学者が羊を題材として、数多い教訓を残しているが、その中で今の時代でも考えさせられる「多岐亡羊」という話がある。
 中国の春秋戦国の時代、楊末という学者がいた。
 その隣人が羊を失ったというので、多くの人が雇われて、一匹の羊を捜している。 
 そこで楊末が、わずか一匹の羊のため、多くの人を雇うのは愚かなことではないかと隣人に尋ねた。
 隣人は「岐路の先が、また岐路になっているから少人数では見つけられない」と云う。
 この話を聞いた楊末は何故か、以来、憂色を浮かべ、笑わず語らずふさぎこんでしまった。
 岐路の先に岐路があるのは、ただ羊が辿る道だけでなく、それぞれの人の人生もまた多岐にわたるものだ。
 例えば、3人の兄弟が仁義の道を学んだとしても
 長兄は 身を愛して名を残す  のを仁義とし
 仲弟は 身を殺して名を成す  のを仁義とし
 末弟は 身を全うし名を全うす  のを仁義とし と3人3様である。
 
 大きな道は多岐をもって羊を亡い、学者は多方をもって生を喪う。
 そもそも学問というものは根本は同じでありひとつであるのに、末端は枝分かれして食い違いを見せる。
 だから根本の、同じであり、ひとつであるところに立ち返ることが肝要である。
 多岐亡羊に陥ることは、学者にとって深く戒めねばならないことと、楊末は言いたげである。
 現在、私たちは情報過多の中に立ちすくむことがある。その本質は何か、時にはその根本的な理念に立ち返ることが必要ではないだろうか。
むすび
 羊の年、羊は比較的おとなしい動物。静かに春草を食むイメージが浮かぶ。
 お正月のひととき、ゆっくり瞑想のときを過ごすのも、またよろしいのでは・・・。
参考文献
「新漢和辞典」 諸橋轍次、渡辺末吾、鎌田正、米山寅太郎 著 大修館書店
「四字熟語」 島森哲男 著 講談社現代新書
「字通」 白川静 著