私の似顔絵
(辛亥新春、昭和58年に
描いてもらいました。)
会長コラムへようこそ。

 いつの間にか、師走になりました。
 アテネオリンピックの金メダルラッシュに浮かれていたら、台風、豪雨、さらに中越地震に見舞われました。

 今年も、12月で終わる。
 冬は、大雪だった。
 夏は、猛暑、酷暑。異常発生する台風の数は25本。いずれも、日本列島を縦断するコースを辿り、大型で強く、しかも、莫大な雨量を伴い、各地に甚大な被害をもたらす異常気象。 秋には、震度7の新潟県の中越地震。しかも余震は1ヶ月にわたる。まさに天変地異。深刻な被害が報道される度毎に心は痛む。さらに今からの積雪を思うと同情を禁じえない。 
 
 天変地異は、地球上に住めば、宿命なのだろうか。古い文献を拾ってみると、風、雨、震の恐怖を伝える記録としては、孔子をして「詩三百、思い邪(よこしま)なし」と云わしめた、「詩経」の中に見出せる。
 「十月に日蝕があった。
  非常に変だ、災害の前兆だ・・・・・・
  これは四方の國々の政治が誤っているからだ。」
 「十月というのに、雷電が飛ぶ。
  百川沸騰し、山岳崩れ
  高岸陥没し、谷となり
  深谷塞がりて台地となる。」
 簡潔ながらも、強烈な漢文特有の表現は、この度の中越地震の凄さを語るに十分であろう。
 この詩は、天文学者の研究によると日蝕を逆算すると、紀元前776年か735年、今を遡ること2,700年前ということだ。
 天変地異の事象を述べた後、作者は、さらに当時、政治を欲しいままにする為政者を名指して非難し、さらに、この悪政は、倫理を退廃させ、人心の乱れをもたらし、天変地異は社会悪の表れだと嘆く。
 結局は民の災厄は、人間から起こる、という醒めた眼があり、最後にこう結ぶ。
 「天命はもう極まった。
  わたしは安楽を求めている友をねたまない。」 と。
 
 時代が少し下ると、地震などの異常現象を、「陰陽五行説」で説明する。世界は陰と陽の二気と、木火土金水の五行との調和によって成立しているが、その調和が崩れるのが天変地異で、為政者たちは天が人間に下した警告として恐れていた。
 今は、地震は地殻の変動であり、即、政治が、社会が悪いからこの惨事が生まれるなどと主張する人はないだろう。 しかし、地震の災害を防止することはできないだろうか。少なくとも、その発生を「予知」できまいかと、日夜研究を重ねられている。台風の予想は、人工衛星の出現で、発生のメカニズム、進路の予想と解明されているものの、地下何万メートルの構造の変化を予知することは、現在の地震学では不可能とのことのようである。
 私たちは地震の多い国土に生を享けた。古代とは次元を異にする“成熟した社会”なのだから、より安全な生活を全うすべく最大の努力をせねばと思う。
 まずは、地震を確実に予測することは不可能としても、極端に云えば、1分前でもよいから予知できれば、最悪の事態は回避できるのではなかろうか。それでも、災害が発生した場合、緊急援助体制、ライフラインの確保はできているのか。国家としての救済の基金は保全されているのだろうか。
 相互扶助の意味がある「地震保険」はなお、多くの問題があり、加入には慎重なようだ。
 木造建築の多い日本家屋は地震に弱い。耐震耐久性の高い住宅で、社会全体のコストを低減できないだろうか、等々の問題点が浮かんでくる。
 
 中越地震から、はや1ヶ月が過ぎている。
 被災者の方に思いを到すとき、こんな悠長なことを考えるのは非情かもしれない。しかし、今後の問題として、半永久的な対策も必要であろう。
 幸に、中越地震の被災者の方に、山古志村のすばらしい団結、土石流の危険から、ひと部落まとまって移住しようと、この不運に立ち向かわれているとの意欲に敬服し、一方ボランタリーの方々の善意の活動も神戸震災の経験をもとに、秩序ある行動で成果をあげられている。
 時あたかも、紀宮様御婚礼の報が流れ、被災者の方々の気持を考えられ、発表を延ばされたというやさしいお心づかいに、心暖まるものがこみあがってくる。
 被災者の皆様、心からお見舞い申しあげます。どうか、この現実にめげず、頑張ってください。
 参考文献
『中国の古典18 詩経』 加藤喜光 訳/学習研究社
『漢字コトバ散策 - 地震 -』 興膳宏 著/日本経済新聞
『詩経』 海音寺潮五郎 訳/中公文庫
『地震予知と社会』 神沼克伊 他著/古今書院