私の似顔絵
(辛亥新春、昭和58年に
描いてもらいました。)
会長コラムへようこそ。

おめでとうございます。
コケコッコ−・・・と
元気よく平成17年を迎えます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。

酉年に因んで
 中国の古典、四書五経のひとつ、「詩経」の中に女曰鶏鳴(じょえつけいめい)という詩がある。
女曰ク鷄鳴ク おや、鶏が鳴いていますよ
士曰ク昧旦ナルヤ やあ、もう夜が明けたか
子興キ夜ヲ視ヨ あなた、起きて空をご覧なさいまし
明星爛タル有リ よかった、まだ星が出ている
將タ シ(※) 將タ翔シ そこで、狩にお出かけだ
鳧ト雁トヲ弋ス 鴨と雁とを射ぐるみでとった
弋スルコト言ニ之ヲ加トシ とって来られたこの獲物
子ト之ヲ宜トシ 酒の肴にして
宜シク言ニ酒ヲ飮マン ご一緒に酒盛りもしませう
子ト偕ニ老イン こうして一緒に 年寄るまでいたいわ
琴瑟御ニ在リ 琴瑟をそばにおいて奏で
靜好ナラザルナシ しめやかに みやびやかにお楽しみ
シ=カウシ
『鶏図』(古今図書集成より)
 今を遡ること3,000余年、鶏のひと鳴きからこんな美しい詩がはじまる。
 また、日本の神話にも、天照大神(あまてらすおおみかみ)は、弟神 素戔鳴尊(すさのをのみこと)の乱行を怒り、天岩戸(あまのいわと)に隠れられたので常世は暗黒になる。神々は天照大神を呼び戻すべく、常世の“長鳴鳥”を集めて鳴かせ、岩戸を開かせようとする。
天岩戸神社
 このように、鶏はは古くから夜明けを象徴する鳥として登場する。
 灯火のない古代人にとって、暗い夜はいつ明けるのかと、待ちわびる。そのとき、鶏は「コケコッコー、もうすぐ朝だよ・・・」と予告してくれる貴重な目覚まし時計的存在だったのだろう。今なお伊勢神宮では、神鳥としての鶏が三々五々、エサをついばんでいる。
 鶏は、日の出前に採食欲のピークがあり、雄は激しく高く鳴く習性がある。わたくし達の祖先はこの習性をうまく利用し、食用としてよりも、むしろ晨(とき)を告げる鳥として珍重し、“共生”していた。
 身近な鶏だから、中国の故事名言には鶏にまつわるものは多い。
「鶏を割くに焉んぞ(いずくんぞ)牛刀を用いん」とは、小事を処するに、偉い人はいらない。
「群鶏の一鶴」では、鶴の引立役になり、「鶏肋」とは、あまり役に立たないこと。
「鶏鳴狗盗」とは、つまらぬ小人たちの頭(かしら)のこと等々。
 あまりにも親しいためか、どうも鶏にとっては不名誉なものが多い。晨(とき)を告げることで、人様に貢献し、栄養満点の鶏卵、牛・豚よりもヘルシーな鶏肉を提供しているのに、インフルエンザ等々何かと問題にされる。・・・等々鶏からは苦情もでることだろう。
 さらに、縄張りを主張する鶏の闘争心を利用して、古今東西、勝負ごと、遊びとして普及している“闘鶏”がある。昔の闘鶏にはズルいやり方もあったようで、鶏は狸を非常に恐れているので、鶏の頭に狸の油を塗って対戦すると相手は戦意喪失すると云う。
 しかし、こんな闘鶏の中から人生の教訓を見出す人がある。
 その昔、闘鶏飼いの名人に、紀子(※)という男がいた。周の宣王は闘鶏を好み、紀子に闘鶏の訓練をさせた。10日後に、宣王は「もう使えるか」と尋ねる。
 「空威張の最中だからダメです」と答える。再び10日後に催促すると、「まだです。敵の声や姿に昂奮しています」と。三度び、催促すると「敵をみると何だコイツが、と見下します」と。さらに10日経って尋ねると、漸く完成したと云う。
 「いかなる敵にも無心で、ちょっと見ると“木鶏”のようです。徳が充実しました。天下無敵です」と。
※紀
 平成17年1月9日から、大相撲初場所がはじまる。魁皇は横綱を、若の里は大関を目指し、熱戦が期待される。長い大相撲の歴史の中で、69連勝という輝かしい記録をもつ、昭和の名横綱 双葉山定次は、漢学者、安岡正篤先生からこの木鶏の話を聞き深く感銘し、“木鶏”の境地に達すべく精進する。
双葉山-安芸ノ海戦
 しかし、昭和14年1月15日春場所4日目、70連勝ならず、新鋭 安芸の海の左外掛けに破れた。この瞬間、国技館内は巨雷が落ちた如く、怒号、歓声が飛び交う中、双葉山は泰然自若、何事もなかったかのように一礼、静かに土俵を降りたという。
安芸ノ海の
左足がかかり・・・
 この日、双葉山は、自らの心境を最も親しい友人宛てに打電する。
惜しくも70連勝ならず、
双葉山に土がついた。

 「イマダ モッケイ タリエズ フタバ」
この電文を聞かれた安岡正篤先生は大きく頷かれたそうである。
 人間として、木鶏の如く、ただ無言のまま存在するだけで“存在感”のある理想の境地を追求する人生観は、ともすれば利に走りやすい現代社会への警鐘とも受け取れる。
 参考文献
『相撲求道録』 時津風定次 著/ベースボールマガジン社
『詩経』 海音寺潮五郎 訳/中公文庫
『十二支物語』 諸橋轍次 著/大修館書店
『十二支の民俗誌』 佐藤健一郎・田村善次郎 著/八坂書房