私の似顔絵
(辛亥新春、昭和58年に
描いてもらいました。)
 でんじろうコラムへようこそ。
 
 4月、春になりました。
 4月1日は恒例の入社式、毎年なら桜花爛漫というところですが、天のいたずらか、今年は葉桜かも。
 しかし、緑は芽生え、新入社員の成長を期待しながら、今月は職業倫理(その二)を送ります。
 なお、宮島醤油株式会社、去る2月26日の株主総会で幹部の異動がありました。私こと、会長職を退き、取締役相談役として、社長をサポートいたします。
 したがって、「会長コラム」から本名の「でんじろうコラム」と改めます。今後とも、よろしく。
 
労働倫理観に想う(その二)
 日本人の職業倫理を「一定の職業に従事する人びとの仕事に対する態度、行動基準、心構え」と定義づけられたのは、「日本人の職業倫理」の著者 島田燁子さんである。その概念をお借りしながら考えていきたい。
 
(一)日本人の職業倫理を形成する精神的基盤とは
 日本人のこの職業倫理がうまれるまでの日本人の宗教、思想としては、
「何ごとのおはしますかは知らねどもかたじけなさに涙こぼるる・・・」の神道。
「袖ふれあうも他生の縁」の仏教。
「学ンデ時ニコレヲ習ウ」の論語にはじまる儒教。
 これらの宗教の中から、道徳観を学び、長い歴史の中で日本人特有の倫理観が形づくられる。とくに、職業に対する心構えが倫理観として体系的に語られたのは、漸く徳川時代に入ってからとなる。最近になって、あまり人口に膾炙されていなかった「鈴木正三(しょうさん)」の宇宙観、世界観から導かれた労働、職業の倫理観が注目されている。
(二)鈴木正三の職業倫理
 鈴木正三は「農業則ち仏行なり」と、農民の勤勉を高く評価し、「一鍬、一鍬に南無阿弥陀仏、なむあみだぶつと唱え、一鎌、一鎌に往して、他念なく農業をなさんには、田畑も清浄の地となり、五穀も清浄食となりて、食する人、煩悩を消滅する薬なるべし」・・・一念の中に農業をなせば大解脱すると説いている。
 要約すれば、一心不乱に働けば、仏となれるということで、日本人の職業倫理を唱える嚆矢であろう。
 すでに、徳川時代も政治的には安定し、経済的にも士農工商と分化していく時期に入った頃である。
 鈴木正三は三河の徳川家臣の武士の長子として生まれ、慶長5年(1600)の関ヶ原の役には22歳で本多佐渡守のもと戦争を体験。36歳のとき大阪の冬の陣、夏の陣に出陣し、武功があり、その後も武士として活躍した。島原の乱ではキリシタン思想を抑圧するのに尽力している。
 一方、臨済、曹洞宗の僧侶として仏道にも励み、経典を学び荒行をしたり、等々・・・。
 
 正三は武士の子として生まれ、戦国の時代を経て、宗教はじめ多彩な経験と勉学、深い思索の後、宇宙の本質は「一仏」にある、との独特の宇宙観を確立した。同時に、当時、経済の発展とともに分化した士農工商を階級としてではなく職能として把握し、それぞれが相互に関係し、世の中が成立していると説いている。
 農につづき職(工)人の「家業を営むので隙なくどうすれば仏果を得られるか」との疑問に答えて、曰く。
 「どんな事情も皆仏行なり、人々の所作(仕事)の上において成仏できる、一切の所作は皆もって世界のためになる事を知るべきである」と。
 
 次いで、商人の質問「・・・たまたま人間として生をうけたが、つたない売買の業をなし、・・・菩提にすすむことができない。無念である。・・・」に答えて曰く。
 「売買をする人は、まず得利を増やすべきだが、・・・(この場合も)身命を天道になげうって、一筋に正直の道を学びなさい。正直な人には、天の恵み・・・災害を除き、福をまし、多くの人に喜ばれ、万事うまくいく。・・・(私欲を捨てて)この売買の作業は国中に自由をなさしむべき役人に、天道より与えてもらったと思い定め、得利を思う念はやめて、正直を旨として商すれば、水が下に流れるが如く、天の福が相応して、万事心にかなう。・・・」と。
 
 この職業倫理では、人を喜ばせて、自分も利益をうるという気持ち、正直な心で利得をうることを説いている。このことは「無漏善(煩悩を離れた清浄な善)」である。この無漏善が商人の倫理の中心、精神の拠りどころになっていく。自国の商品を他国に動かし、他国の商品を自国に運び、それぞれの国の人々へ幸福を願う誓願をなして、山を越え、大河を渡るときは、この身を捨てて、念仏をして励め」と説いていく。現代風に言えばWin-Winだろうか。
 一時的に、商品の流通経済が進むとき、商人たちの行為は、宗教的にはややもすれば嫌悪感が生じるものであるが、江戸時代が進むにつれ、鈴木正三のこの倫理観は商人たちの倫理観の基礎となり、ひいては日本人の経済活動の精神的基盤となっている。
 
 最後に、「武士」への提言として、「武士は萬民の秩序を守るべき任務をもっている人たちである。義をもち、かつ不動の心を養い、身を捨てて主君に仕えるのが武士のあるべき道」として、「生死を守る、恩を知る、因果を守る、慈悲正直の心など」、17の心得を挙げている。
 以上、広大な思想体系の中にあって、士農工商それぞれの精神的基盤となる倫理観を勉強させてもらった。その中心となる正直、勤勉の発生過程を垣間見たような気がする。
 戦後60年余、日本人の歴史の中で息づいてきた職業の倫理観は、第2次世界大戦の敗戦というショックにあっても消え失せることなく存続し、日本は見事に復興、成長した。
 今を去ること400年前に、鈴木正三がこのような思想をもっていたことにあらためて感銘をうけている。と同時に、現在の不況時にあり、我々に何か大きな警鐘をうっているのではなかろうか。
参考文献:
「日本人の職業倫理」 島田燁子 著 有斐閣
「勤勉の哲学」 山本七平 編 PHP文庫
「日本資本主義の精神」 山本七平 著 PHP文庫
「日本の三大宗教」 歴史の謎を探る会 編 KAWADE夢文庫