走らんか副社長
【醤油の産地へ 東行】

59区 印西~吉高

東京都心と成田空港を結ぶ鉄道路線は複数あるが、一番最近できた成田スカイアクセス線の印旛日本医大駅で降りる。まずは、この駅名表示板を見ていただきたい。唐突に松虫姫とは何だ、と戸惑ってしまう。古典文学に“虫愛ずる姫君”というのがあったが、それとは関係なく、松虫姫伝説というのがこの地にあるのだそうだ。

普通、駅名にカッコ書きが付くのは、近くに公共施設や観光地がある場合、そこを訪れる人がわかりやすいように、と添えられるものだ。その例に従えば、この駅は印旛沼(日本医大前)となるところ。あるいは、どうしても松虫姫を捨てがたいのなら、松虫姫の里(日本医大前)でどうだろうか。

とにかく松虫姫のインパクトが強いのだが、そもそもなぜ鈴虫や玉虫ではなく、虫としてはいささかマイナーな松虫なのだろうか。思うに、このお姫様はギャンブル好きだったに違いない。いつもサイコロを振って、“ちんちろちんちろちんちろりん”と音を立てていたのだろう。


ここから松虫姫ゆかりの松虫寺を通過して、吉高の大桜へと進む。前回、桜の季節に合わせて桜の名所へと走るのは私らしくない、と書いたのだが、花見をするなら徹底的に見て回ろうではないか、とソメイヨシノより少し遅れて咲くヤマザクラの大木を目指す。交通の便がたいへん悪く、どこへでも自力で行きますという私のような者は別として、仮に車で行ったとしても最後はかなり歩かなければならない所なのだが、それでもけっこうな人でにぎわっていることに驚く。

樹齢は300年以上と説明されているが、ただ一本の巨木が堂々と花を咲かせている姿は見事なもので、その風格に圧倒される。それと同時に、ここは公共の公園などではなく、個人の方の土地であることを知って恐縮する。毎年大勢の人が押し寄せて、さぞかしご迷惑なことだろう。管理もたいへんだと思われるが、ありがたいことだ。


このコーナーで何度かとりあげた庚申塔について、今回も書くことをお許しいただきたい。どうしてこれに関心があるのかと問われれば、よく目にするから、という単純な理由だ。たとえば、印西市内の道路沿いにざっと50基が並ぶこの庚申塔の列を見れば、いったいこれは何なのだと疑問を持って当然だろう。60日おきに巡ってくる庚申(かのえさる)の日に人々が集まって徹夜で祈るのが庚申信仰で、その象徴として残っているのが庚申塔なのだが、信仰心のない私には今一つピンとこない。そもそもその風習が盛んだったのは江戸時代で、現代ではすたれている。

ところが、今でも庚申の祭事が行われている神社があると知って、行ってみることにした。九州への出張がちょうど庚申の日にあたったので、福岡市早良区にある猿田彦神社を訪ねた。けっして大きくはない神社なのだが、多くの参拝者で賑わっている。猿の字を冠した神社なので庚申の申(さる)と結び付けられているようだが、狛犬ならぬ狛猿が鎮座しているのがおもしろい。参拝して魔除けの猿面と福笹をありがたくいただいた。(猿面は自宅の玄関に付けたのだが、ふいに目が合うとびっくりする、と家族には不評であった。)


“見ざる言わざる聞かざる”の三猿は日光東照宮のものが有名だが、庚申信仰とともに全国にある(らしい)。それどころか、世界各地に存在するらしい。私は数年前、台湾に行ったときに台北の街角で三猿を見かけて驚いた。そこでは信仰の対象としてではなく、かわいいオブジェとして並んでいた。

2016年4月(その2)

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