走らんか副社長
【番外編(連載110回)】

ゼッケンのことなど

なかなか長野県への遠征走りができないでいる。日程がなかなか組めないのは、業務の都合だったり、長野県の天気予報が雪だったり気温が氷点下だったりするのを見て寒そうだなあと気が萎えているから、というのもあるが、私事で恐縮なのだが娘がお産のために里帰りして来ていて、あたふたしているためであります。


最近の陸上競技長距離界の話題と言えば、次々に好記録を演出してマラソン・駅伝大会を席巻している感のある厚底シューズだ。しかしここでは、用具の進化と競技の公平性についてまじめに論じることはしない。

市民ランナーには、「厚底か薄底かですか・・・私の人生は今どん底・・・いやズンドコ・・・」ととぼとぼ走っている人や、「厚底靴にルーズソックスでガングロのヤマンバギャルは絶滅してしまいましたね」と昔を懐かしむおじさんや、「私は頭も靴底も薄いです。ついでに存在も」という薄い人などがいる。ともかく、報じられているように厚底シューズはかなり高いレベルの走力がないと速く走れるものではないそうなので、私には関係ないことだ。

私の寝室の時計は陸上競技場にある時計のミニチュア版

靴ばかりでなく、シャツなどの競技ウエアも着実に進化しているのだけれど、ほとんど進化していないのが、大会で身に着けるゼッケンだ。私が大会に出場して着けるのは、薄いシートでできたゼッケンを安全ピンでシャツにとめる、というもの。国際大会をテレビで見ていても、世界のトップレベルの選手が付けているのも私が知っているものと大差はないようで、やはり安全ピンでとめている。

夏の大会だと、ゼッケンの通気性を良くするために0や8の数字の輪っかの部分まで穴をあけている選手がいるくらいなので、ゼッケンの素材にしろ安全ピンにしろ最新の技術でもう少しどうにかできないものだろうか。

しかし、安全ピンを使うことには意味があるようだ。以前足がつったランナーがゼッケンの安全ピンをはずして自分の足に刺し、針治療をしていたことがあった。そんな緊急事態に備えた治療用具として安全ピンは装着されているのだ(まさか)。


また、レース前にゼッケンをシャツに付ける作業はけっこうなストレスなのだ。大会当日にゼッケンを受取る方式の大会が多いが、その場合、いっしょに参加する仲間がいれば互いに助け合うこともできるのだが、単独で参加している場合は、まず雑踏の中で座る場所を確保してシャツを広げる。そして安全ピンを手に取るのだが、冬の大会だと指がかじかんで細かい作業が思うようにできない。やっとできたと思ってシャツを広げると、シャツの背中部分まで針が貫通していたり、ゼッケンが斜めになっていたり、突っ張っていたり、だぶついていたり、う~む、どうにかできないものか。

ゼッケンをきちんと付けるのはけっこう難しい

ところで、新型コロナウイルスの影響で、東京マラソンの一般ランナー部門が中止になった。競争率約10倍の抽選に当たって、この大会を目標に調整していた方には同情するとともに、どうか気を落とさずに来年を目指していただきたいと思う。一方で、参加料が返還されないことについて批判や疑問の意見があるようだが、私は中止になっても参加料が返還されないのは仕方ないと思っている。1万円を超える参加料が返ってこないのが痛いのはよくわかるが、大会を運営される方々の事前準備の大変なご苦労と、既にかかっている費用を考えれば、中止になったのなら参加料を返せ、とは言えない。

2020年2月