走らんか副社長
【番外編(連載127回)】

自粛中 水月湖再び

約2年ぶりに福井県の水月湖へ行ってきた。私がなぜ水月湖に関心を持っているのか、その湖底から掘り出された年縞(1年に1枚形成される縞模様の地層)とは何か、については以前(108回)書いたが、簡単に言うと、立命館大学を中心とした研究チームが湖底に積もった泥の層を分析して、過去の気候がどう変化してきたかを解明しているのだ。その後このチームは、中米のマヤ文明がどうして衰退したのかの謎を探求し、その成果をシンポジウムで発表するというので、この分野の研究の中心である水月湖と、年縞博物館へと行ったのだ。

この美しい湖が水月湖。この湖底から世界的な発見が

この研究チームは一言でいえば気候変動を解析しようとしているのだが、今気候変動といえば地球温暖化対策が喫緊の課題となっている。それは18世紀の産業革命以降、200年強の気温上昇について警鐘が鳴らされているのだが、このチームはそれとは直接関係なく、過去数千年から数万年という尺度で気候がどう変動してきたのか、の解明に取組んでいる。

中米にはかつて、文字を持ち、天文学に通じ、巨大な神殿や宮殿を建てる技術を持ったマヤ文明が栄えていたのだが、そんな高度な文明がなぜ衰退したのか、それには気候が関わっているに違いないと、このチームはメキシコへ飛んだのだった。そして、遺跡近くのワニやら毒ヘビやらが住む湖をいくつも探検しては、穴掘り職人と化し、長いパイプを人力で湖底に突き刺しては引き抜き、掘って掘って、ついに年縞を掘り当てたのだ。

そんなことを研究して何の役に立つのだ、と思うのが普通だが、そもそも研究者というのは普通の人ではない。マラリアやデング熱がなんだ、中米のワニは「比較的」おとなしいらしい、と勝手に信じて湖で穴掘りをするとは正気の沙汰ではない。そして、そんな変な集団に共感して応援している私もどこかおかしいのだが、それはさておき、だ。


彼ら彼女らがどんな研究をして、それで何がわかるのか私なりに解説すると、

  1. 縞模様の地層は1年に1枚ずつできるので、その数を根気よく数えると何年の間で何が起こったか、年ごとの経過がわかる。
  2. しましまの中に堆積している植物の葉と花粉から、どんな植物が栄えていたのか、つまりはその時代がどんな気候だったのかがわかる。
  3. 葉と花粉に含まれる放射性炭素を測定することで、それが今から何年前のものなのかがわかる。
  4. 土に含まれている窒素を分析することで、そこに人がいたかどうか(正しくは人の排泄物が含まれているかどうか)がわかる。
  5. 堆積した土や砂から、その時代に干ばつや洪水があったのかがわかる。

これがワニのいる湖から掘り出された年縞

その結果、何がわかったのか。マヤ文明は今のメキシコ南部からグアテマラなどにかけての一帯に、紀元前1200年ごろから紀元後1500年ごろまで栄えた文明だが、その間ずっと同じように繁栄が続いていたのではない。都市は中途で衰退し、中心となる地域は移動していた。

極端な干ばつが周期的に起きており、これは太陽の周期的な変動によるものかもしれない。あるいは、門外漢の私が断定的な物言いをするのは避けなければならないが、人為的な環境破壊も無視できないようだ。その過程は、

  1. 人が集まって都市を形成し、文明が発達する。
  2. 人がさらに増加し、周りの森林を伐採して自然を破壊する。
  3. 土地が荒廃し、土壌流出などの自然災害が起きる。
  4. 人が生活できなくなり、都市は放棄される。
  5. 土地は数百年放置され、自然が回復する。


自らが住む環境を破壊するとは、マヤの人々はなんと愚かだったのだろう。しかし私たちは、マヤ人に「馬っ鹿だねぇ」と言う資格はあるだろうか。今書いた過程はマヤの特定の地域に起こったことなのだが、今や地球全体がまさに(2)と(3)を経験して、いよいよ(4)に入ろうかとしているかのようだ。

この研究は、地球温暖化問題とは関係していないのだが、そこから導かれる結論は同じで、人は失敗を繰り返す愚かな生物だということ。現代人はマヤ人より賢いというのは、どうやらまやかしらしい。

2021年11月